昨日、宮崎勤死刑囚の死刑が執行されました。
およそ20年前の事件ですが、当時は世間を恐怖に包んだ事件でした。
葬儀屋として刑が執行された死刑囚の葬儀はどうなるのか気になったので、ちょっと調べてみましたので知りたい方は続きを見てください。死刑廃止と死刑存置の考察から引用
刑の執行終了と遺体
この項では死刑執行後の手続きについて述べる。
刑壇から落下して15分〜30分後に医官により検査がなされる。この結果死刑囚の生体反応が認められない、つまり死亡が確認されるわけであるが、依然執行は続行される。これは死亡確認後5分間その状態で放置することが法律によって定められているからである(監獄法第72条)。
5分経過後、刑務官によって死刑囚の遺体が床に降ろされる。医官が再度検査し、死亡を確認すると死亡診断書を作成する。死刑囚の遺体は、頚部が異常に長く、頸椎が折れ、頸動脈はちぎれ、ほとんど首が取れかかって皮で胴体とつながっている状態だそうである。また失禁反応、眼鼻口等からの出血、頚部損傷などがあるため、清拭が行われ、遺体は安置される。死刑の執行に立ち会った検察事務官は、執行始末書を作る。このあと検察官と拘置所長は、執行始末書に署名押印をする(刑事訴訟法478条)。
死刑執行後、法務省から死刑囚遺族に連絡が行く。これは死刑囚の遺体及び遺品の引渡しの確認のためである。同日に法務省から死刑執行がなされたことの発表を行われる。これは1998年より行われているもので、死刑囚の氏名・犯罪事実・場所などは発表されないのが慣例となっている。つまり「○月○日×名の死刑が執行された。」というだけの簡単なものである。死刑囚支援団体・マスコミなどは死刑囚遺族等に連絡を取り、法務省からの連絡があったかどうかを確認し、死刑執行をされた人物の特定を行う。
死刑執行事実の公表は1996年12月松浦功法務大臣が今までの法務大臣が報道の質問に対し一切知らないと応対するのが慣例とされていたことを批判、執行を公表した。法務大臣と法務官僚との折衝が行われたが1997年11月4日中村正三郎法務大臣が行政行為の発表は当たり前であり、また死刑に関して国民に真実を知らしめるのは当然であるとし1998年11月19日の執行以来発表が続けられている。
拘置所では死刑執行後24時間は遺体の搬出はできない。死刑囚遺族が遺体の引取りができるのは少なくとも翌日のことになる。なお、同時に遺品の受け渡しも行われるが、日記類は渡されないそうである。しかし、ほとんどの死刑囚遺族は遺体の引取りをしない。この場合は拘置所で葬式が執り行われ火葬場で火葬に付される。遺骨・遺灰等も引き取り手のない場合は、拘置所のある行政地区の墓地に行旅死亡人と同様に無縁仏として納骨される。
また献体を死刑確定後申し出る死刑囚も少なくない。これらの献体が医学史上に残した功績は大きい。とりわけ有名なのは1771年の杉田玄白等による解剖である。女性死刑囚の遺体の解剖を見学した彼等は、「ターヘル・アナトミア」というオランダの解剖書を翻訳する。後に解体新書として出版したことは日本の近代医学の発展に大いに貢献している。
また臓器移植に関してだが、現在のところそのような事例はない。死刑囚の中に希望者がいるかどうか、という点が一番の問題点であるが、死後24時間は拘置所から遺体を搬出できないという規則も臓器移植にとって難しい点になっている。また、新鮮で健康な遺体という点で臓器ドナーとして非常に有効であるかもしれないが、倫理上の問題点からみて死刑囚の臓器移植はどうなのか、議論は尽くすべきであろう。
法務省では2001年から死刑執行に関する文章を10年間保存し、その後廃棄することになった。従来は永久保存していた死刑執行命令書、及び死刑執行始末書は10年間しか保存されないのである。このような点が死刑廃止派の批判を受けるのは止むを得ないだろう。死刑は究極の刑罰であることは死刑廃止派、死刑存置派とも認めるところである。国家権力により生命を剥奪するような場合、書類はできるだけ保存すべきではないか?
死刑が執行されると支援団体では死刑囚の葬儀を執り行う。この場には死刑囚の遺体はない。このようにして、死刑執行は全て終了するのである。
2008年06月18日
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